車の運転と人生は似てる

車の運転と人生の道のりは似ている。

どちらも最後には目的地に着くから、という理由ではもちろんない。

そんな素敵なことをいう奴は嘘つきである。

嘘つきは泥棒の始まりだから、そいつは泥棒でもある。

ではなぜ人生は車の運転に似ているのか。

試しに私が車の運転をしているところを想像してみよう。

私は目的地を目指して運転をしている。

そして曲がる場所を間違える。

そして私はこう思う。

 

「道を間違えた」

 

仕方ない。そんな時もある。

気を取り直し運転を続ける。

しかしミスした分を取り戻そうと、普段はあまり入らない道に入る。

ショートカットを試みてしまうのだ。

そして私はこう思う。

 

「道に迷った」

 

まだ大丈夫だ。

多少しんどいけど、まだ大丈夫だ。

迷った道をなんとか切り抜けようと、私はもがきながら運転を続ける。

そしていずれこのような発言をするハメになる。

 

「行き止まりだ」

 

私は行き止まりの壁を見ながら思う。

「まるで人生みたいだな」

こんな状態に陥らない為にはカーナビが必須だ。

最短でゴールに辿り着く方法を教えてくれる、人生のカーナビが。

しかし、人生のカーナビに、こんな指示をされたらどうだろう。

「名門学校に入り、大企業に就職して、素敵な伴侶を見つければゴールです」

間違ってはいない。

だがこの指示通りに進んでも、だいぶ前半の方で四つのタイヤが全てパンクしそうな気がしてならない。

結局問題はカーナビの有無ではなく、ドライブテクニックにあるようだ。

これはもうあれだ。

あれを待つしかなさそうだ。

 

自動運転。