一度入ったら抜け出せない世界

一度使ってしまったが故に「今はそれ無しでの生活は考えられない」となってしまう物は沢山ある。

何かに依存してしまうのはしょうがないことだと思う。

物だけではなく、人にだって依存してしまうこともあるんだから。

しかもその「依存してしまうもの」は大抵、出会ってみるまで分からないし、出会い始めはそれ自体を見下していることも多い。

コンタクトレンズも発売された当初は「目に直接入れるあんな危なそうなものが流行るはずがない」と思われていたらしいし、インターネットなんかはその最たる例だと思う。

私にも「昔は見下していたけど、今は無いと困る」というものはある。

まず、電動歯ブラシ。

最初は「歯なんか自分の手で磨けよ」と思ってたし、むしろ「普通の歯ブラシの方が綺麗に磨けるでしょ」くらいに思っていた。

なんとなく「テクノロジーの匂いがするもの」を使わない方が丁寧に磨ける気がしていた。

でもよく考えてみれば、歯の専門家の歯医者だってテクノロジーをふんだんに使っているし、今は歯医者の方から電動歯ブラシを進めてくる。

 

 

日本にはびこる悪しき根性論を、私はじぶんの歯に押し付けていた。

そしてその根性論は、歯にだけでなく、もっと別の部分にも押し付けていた。

 

お尻だ。

 

正解に言うと肛門だ。

肛門をゴシゴシ拭いていたのだ。

一拭き、二拭きして、まだ「奴ら」が残っているようだと、三拭き、四拭きと肛門を酷使していた。

これは炎天下の中、高校球児に長時間グラウンドに立たせるよりも酷い仕打ちであることが、今なら分かる。

そして今の私は、熱々のグラウンドにスプリンクラーで水を撒くかのごとく、肛門に聖水を撒き散らしている。

この聖水を一度浴びてしまうと、もうあの頃には戻れない。

最初は見下していた。

「自分のケツくらい自分で拭けよ」と、まるでヤクザ映画のごとく自分のお尻を厳しく律していた。

私はそんな任侠に世界に長く入り浸り、腐りきった末に、最後には薬物に手を出してしまったのだ。

こいつの中毒性は、今まで出会ったどんな粉よりも強烈だった。

肛門をめがけてピンポイントにアタックする水、それにはまるで鉄砲玉のような男らしさを感じる。

そして、奇妙な形の椅子に座って、肛門や竿や袋を丁寧に泡泡してくれる、プロの女性ばりのサービス精神。

どうやら私は、このアンダーグラウンドな世界から足を洗うことは出来ないようだ。

足なんかよりも、もっと洗って欲しい場所を見つけてしまったのだから。