努力は報われたい

最近YouTubeで関取花の「もしも僕に」をよく聞いている。

この曲の1回目のサビは「努力は大抵報われない」という言葉から始まる。

私はこの曲を聴きながらワインを片手に持ち、センチメンタルな気分に浸りながら「本当そうだよな。努力って報われないよな」と一人でしみじみと思っていた。

しみじみ状態を継続させつつ、私は右手に持っていたワイングラスを口元に運び、これまでの「報われなかった努力」について思いを馳せてみた。

過去の記憶をさかのぼる。ワインを口に運び、また過去をさかのぼる。そしてワインを口に運ぶ。

 

全然でてこない。

 

「報われなかった努力」の経験が全然出てこない。

さっきまでこの歌詞に激しく共感していた自分は一体なんだったのだろうと、少し怖くなる。

動揺のあまりに、私はワイングラスをテーブルに一旦置いた。

もちろん努力したことが全部報われたきたという訳ではないし、努力を一度もしたことがない訳ではない。

しかし「報われなかった努力」の記憶が全然ない。

ダイエットとか、筋トレとか、貯金とかの努力はしたけど、この辺は努力した分だけ報われたと思ってる。

むしろ報われそうだから努力したし、報われなさそうは努力は初めからやる気が起きない。

関取花はこの悩ませるフレーズのあと、続けてこのような歌詞をぶつけてくる。

 

「願いはそんなに叶わない」

 

これは分かる。

金持ちになりたいとか、イケメンになりたいとか、ジャスティンビーバーになりたいとか願っても全然叶わない。

「努力しねーから叶わねーんだよ!」と注意したくなる人もいるとかもしれないけど、こっちからすると「じゃあ努力したらジャスティンになれんのか?あっ?」である。

「死んで出直しこい!」とついでに怒鳴ってやりたけど、死んで出直す権利は私が欲しいし、「赤ちゃんから始めるジャスティンの人生」を選べる可能性が少しでもあるのなら、喜んで崖の上でピョンをする。

この歌を聴いていて気づいたけど、どうやら私は「報われる可能性が低い努力はしたくないけど、願いは叶ってほしい」と思っているらしい。

自分の考えは甘過ぎるのかもしれないと思い、私は悩んだ。

でも関取花は続けてこうも歌っていた。

 

「でかい夢を持って生きて行くんだよ」

 

この歌詞が私の背中を押してくれた。

テーブルに置かれたワイングラスをもう一度手に取り、私は誓った。