「世界は広いのですか?それとも狭いのですか?」

 

 

「大人の人達は、海外で起きた奇想天外なニュースなどを見ると『世界は広いなー』とよく言っています。

でも別の時に、例えば自分の友人が、自分の別の友人と実は知り合いだった事を後で知ったりすると『世の中は狭いなー』と言ったりします。

一体どっちなんでしょうか?世界は広いのですか?それとも狭いのですか?」

 


 

「世界が広いかどうかは私には分からないけど、私の勤務先のゴルフ場はすごく広いの。

私はその広いゴルフ場に向かって毎日『ファーー』って叫ぶのが仕事。

叫びながらいつもこう思うの。

「早く仕事終わんねーかな」って。

 

世界が確かに広いけど、昔よりは狭くなっていると言えるんじゃないかな。

インターネットのお陰で地球の裏側の出来事さえもすぐに知ることが出来るし、航空技術もだいぶ進化しているので、安全で早く、そしてかなり安く遠くの国に行くことができちゃう。

もし、ゴルフ場でカートに乗らないと移動したら何倍もの時間がかかってしまうし、木をそのまま削っただけのような粗末なクラブではフェアウェイするだけで何十打とかかってしまうかもしれない。

そしたらゴルフ場はまるでモンゴルの草原のように広く感じるはず。

だからもし君が1kmを10秒くらいで進める手段を持っていたら世界がすごく狭く感じる思うよ。

なので一つの答えとして、テクノロジーが進むと世界はどんどん狭くなると言えるんじゃないかな。

しかし早く移動できても、ただ通り過ぎているだけではあまり意味はないと思う。

世の中には、多くの出来事や歴史があるからこそ「世界は広い」と言うこともできる。

しかしその反面「6次の隔たり」という言葉もあって、これは6人を辿れば世界の誰とでも繋がれるという意味。

つまり6人を殴れれば世界の誰でも殴ることが出来るし、6回上手にナンパすれば海外のセレブだってGET出来ちゃう。

そしてしっかり腰を使って、ちゃんとクラブを6回振れば、バカでも必ず最後には穴に入るってこと(もちろん下ネタね)

結局、世界というのは『女の心くらいよく分からない』という結論で良いんじゃないかな。

ところで「痩せの大食い」という言葉があるよね。

あれってなんとなく広さと狭さが兼ね備わっている気がしない?」