勝負下着は見るまでが勝負です

人生とは戦いの連続である。

つまり毎日が勝負だ。

勝負といえば勝負下着に決まっている。

つまり毎日が勝負下着だ。

家に着くまでが遠足なので、家に着くまでが勝負下着になり、家につかない場合はもっと勝負下着になる。

しかし凡人は良く勘違いをする。

まず、勝負下着は魅せる時が勝負なのではなく、魅せるまでが勝負なのだ。

オムツとかを履いていない限りは下着の勝負具合で結末が変わることまずないし、場合によってはオムツの方が白熱した試合になる。

勝負下着を目撃している時点で、すでに勝敗は決している。

圧倒的勝利であり、互いに相手の努力を称え合うハイタッチ。

WINWINの関係。ここに敗者はいない。

本当に大事なのは、勝負下着に行くまでの勝負の方。

下着以上に最初は上着の方が大事になるし、上っ面はもっと大事になる。

上っ面と上っ面を激しく殴り合った末に、下の面がコンニチワなのだ。

しかし良く考えると、お互いが勝負下着を装備している場合、その時はすでに勝負は決しているのではないか。

決着はすでに着いている。

「お前はすでに死んでいる」状態であり、こんな嬉しい死に方は私は他に知らない。

凡人はここでも間違える。

勝負下着とは、着る時が勝負な訳ではないし、脱ぐ時が勝負な訳でもない。

では買う時が勝負かと言うと、それも違う。

終わった後だ。

最初に言ったはずだ。

帰るまでが勝負下着だと。

試合が終わり、ただの布切れをになった自分の分身を床に這いつくばって見つけ出し、肌に装着し、家に帰る。

そして布切れを洗濯機に入れ、洗濯をして、ベランダに干す。

そしてこう思うのだ。

 

「次はいつだ」

 

次の戦いを見据える。

この時が本当の勝負になる。

乾き終わった戦士に魂を吹き込み、タンスの中にしまう。

少し奥で休ませるか。

それとも試合が近いことに備える場合、手前にした方がベストなコンディションで挑めそうだ。

そして次の試合相手を想像する。

手強そうだ。

勝負はすでに始まっている。