「嫌よ嫌よも好きのうち」じゃないよ。嫌がってるよ。

「嫌の嫌も好きのうち」なんていう都合に良い言葉は誰が考えたのだろう。

「スモモも桃も桃の内」みたいにうまく言っている感じが余計に腹たつ。

しかも少し調べてみると、スモモは実は桃の内ではなくて、バラ科の別の植物らしいという噂もあるので、余計に腹ただしい。

昨今いろんな場所で「ハラスメント」の言葉が飛び交っているけど、その原因の一つがこの「嫌よ嫌よも〜」の言葉があるせいだと思う。

やめなさい。

相手が嫌がっている時はやめなさい。

「実は好きなんだろ?」みたいなプレイは実際にプレイが始まってからその最中に繰り出す技であって、プレイまで行けていない相手にそれを行うのはただの犯罪。

相手の気持ちになってみてほしい。

犯罪行為をしてくる中年に「実は好きなんだろ?」とか言われる人の気持ちを。

混乱すると思う。

「えっ、私が嫌がってるのに、逆にそれを自分への好意と捉えるの?なんで?ポジティブ思考?」とただその人の脳に欠陥があるのか、もしくはテニスの松岡さんくらいポジティブな人なのかの判断がつきづらくなる。

でも世の中は変化しつつある。

なんに対してもすぐ「セクハラ」だとか「パワハラ」だとか言うので、今度は逆にこれが「ハラスメントハラスメント」になるらしくて「ハラハラ」という言葉ができたらしい。

語尾に「ドキドキ」をつけるとヤンチャな感じするし、私はドリカムが好きなので「SNOW DANCE」のサビの始まりである「ハラハラ舞う〜雪になって〜♩」を思い出す。

もし「ハラスメント」の側の「ハラハラ」が舞えば雪になるどころか訴訟の雨あられになるのは必須。

この歌詞の後に続く「あなたの頬をそっと撫でて」なんて行為を中年が実際に相手に行えば、余裕で敗訴も確定。

この流れで無理くりオチに進めるぞ。

この歌はさらにこう続く。

 

「さよならさよなら歌って、街を渡ってどこかへ行こう。吹かれて行こう。」

 

良いんじゃないだろうか。

「さよなら」のあとの「どこか行こう。吹かれて行こう」のフレーズのお陰で、敗訴したヤツの今後の人生が明るくない感じが表われる。

でも「さよなら」と言うのではなくて、二回も歌っているのはなぜだろう。

二回繰り返す上に歌ってもいるので、ある程度はご機嫌なんだと思う。

「頬をそっと撫でた」ことに対しての満足感がここで伺える。

その人にとって「頬をそっと撫でる行為」とは、まさに「Dreams Come True(夢は叶う。願いが叶う)」だったのかもしれない。