去年って、クリスマスありました?

歳をとってくると一年があっというまに過ぎる。

今年もめでたく新年を迎えたけど、恐らく今年もあと少しすれば次の新年を迎えていることになる。

刑務所に1年入るのは嫌だけど、もしも自分が2、3年前に獄中で一年間過ごしていたとしても、今の状況とあまり変わらない気がする。

むしろ、ケツの方が「未使用」から「使用済み」になって、人間的にも穴的にも一回り大きく成長していた可能性すらある。

そんな感じなので去年の記憶があまりない。

去年って、クリスマスってあったのかな?

嫉妬心から強がって言っている訳ではなくて、本当にそんな感じがする。

「去年はマライアキャリーが喉を壊したから、クリスマスが中止だったよ」と聞かされも納得できる。

最近では彼女は喉を使うより、印税を使う方が得意らしい。

逆に「クリスマスは商業的にめでたいから、去年から26日はクリスマスセカンドになったよ」と教えられても納得できる。

今後はヒット映画みたいに「ビギンズ」とか「リターン」という感じに続々と量産されれば、みんながハッピー。

「大晦日」と「クリスマスファイナル」の日にちが被って、両者が激突すれば、それもハリウッドっぽくて素敵だと思う。

私は自分で記憶する限り、女性とクリスマスを一緒に過ごしたことがないと思う。

「記憶する限り」とか言うと、「もしかしてあったかも。経験が豊富すぎて海馬の処理が追いつかないよ」的な感じが出てカッコいい。

女性と過ごしたことは絶対に無い。断じて無い。

断言するのもカッコいい。

罪は犯した人間が、自分の罪を認めないのはみっともない。

痴漢した人間も「間違いなくお尻を触りました」とハッキリと認めた方がいい。

「触った可能性はある。でもそれは本当にお尻になのか?では一体どこからどこがお尻で、どこからどこがお尻ではないのか。それは人間のエゴが勝手に決めたこと。まるで国境ではないか。地球とは本来は全てが繋がっているはずだ。つまり彼女のお尻と私も一緒なのでは?そもそもお尻を触るのがなぜ悪い」とか言い出したら面倒だ。

お尻をペンペンした方がいい。

最初に「触った可能性はある」とか曖昧な感じにして、最後は「なぜ悪い?」とか言って開き直るとヤバい奴感がスゴい。

ハッキリと認めることと、開き直ることは全然違う。

しかし、新年早々、架空の痴漢野郎の話しを書くとは思わなかった。

今年も刑務所的一年が始まりそうで、今から楽しみである。