「母親思い」と「マザコン」の違い

「マザコン」と「母親思い」の違いを見極めるの難しい。

男性が、自分の母親のことを「ママ」と呼んでいたらマザコンなのといえば、そうとも限らない。

現在大ヒット中の映画「ボヘミアンラプソディー」で再注目されている、「クイーン」のボーカル、フレディー・マーキュリーも、大声で「ママーー」と叫んでいるけど、マザコンかどうかは分からない。

 

彼は歌の中で「ママーー」と力強く叫んだ後に、「僕は人を殺めてしまった」告白している。

息子から、殺人を犯したことを告げたられたママは、大層ビックリするだろうけど、これも「母親思い」ゆえの行動なのか、ただの「マザコン」なのかの判断は難しい。

ただ、親不孝であることは間違いない。

しかもフレディーは、この衝撃の告白の後に、続けてこう歌ってる。

 

「彼の頭に銃をあてて、引き金を弾いたら、死んでしまったんだ」

 

「ママーー」は、教育をだいぶミスったらしい。

「あのねママ、人の頭に銃をあてて、引き金を弾いたらね、死んじゃったんだよ」と正直に言われも、「そりゃ死ぬわな」である。

重力があればリンゴは落ちるし、頭に向かって引き金を引けば、人はdieする。

フレディーの教育の話しはここまでにして、「マザコン」と「母親思い」の境界線を探ろうと思う。

例えば、実家に住んでいる30歳の男性が、母親に服を全部選んでもらい、下着まで母親が買ってきている場合は、マザコンになるのだろうか。

「考える必要もない。それこそマゾコンの典型だ」と、一刀両断したくなるけど、答えそんな簡単ではない。

実は、息子は母親を介護をする為に、実家に残っているのかもしれない。

母親は旦那さんに先立たれてしまっているので、残された唯一の楽しみが、息子の洋服を選ぶことなのかもしれない。

先に逝ってしまった旦那さんの下着も、いつも母親が買ってあげていたので、その習慣で今も息子の下着を買っているのかもしれない。

こう考えてみると、答えは簡単には出ない。

ただ一つ言えるのは、死んだ旦那の責任は重い。

高い場所に他界した親父のせいで、息子が亡き親父の穴埋めをしなければいけなくっている。

母親が受け取れる年金の額も、高いのなら問題はないけど、己はあの世に消えたくせに、借金とか親戚関係の問題はしっかりと残していたのなら、故人の身体の軽さとは正反対に罪は重い。

どうせなら借金とかも一緒に「他界、たかーい」と、まるで子供をあやすように天国まで持ち上げて欲しかった。

しかし、まずい。

このままでは、マザコンの話しがほとんど出来ずに終わりそうだ。

助けて、「ママーー」