「友達の命」より「自分の健康」の方が大事

海外の映画などにはよく「究極の二択」を迫られるシーンがある。

ちょっと前に流行った「サンデル教授」的な感じで、例えば「自分の奥さん」と「自分の子供」の命ならどっちを取るかみたいな。

大ヒットした映画「ソウ」はたぶんこのようなシチュエーションが頻繁に出てくる映画だった気がする。

ヒットしすぎて「ソウ6」まで作った上に、「ファイナル」とか「レガシー」も出ているらしいので、多くの人はこの「究極の二択」的な話しが結構好きらしいけど、ここまでヒットすると製作陣にとっては「続編を作るか、作らないか」は全然究極の二択ではない。

「コケても制作費くらいはペイはできるっしょ」くらいな軽めのスタンス。

この手の映画によくあるのが、「自分の命(もしくは大切な物)を差し出せば、お前の大事な人の命を助ける。ただしお前が自分の命の方を選んでも相手にバレないよ」みたいなことを悪い犯人に言われて、つい自分の命を選んでしまう。

そしてこの「自分の命を選んだ奴」はだいたい後悔する。

「俺はなんてちっぽけな人間なんだ!!」と強めに後悔するし1人で超オコオコしてる。

こんな感じのシーンを見ると、いつも私はこう思う。

「自分を高く見積もりすぎじゃない?」

だいたいこのタイプの奴らは自分を過大評価していて、「いざとなったら俺は他人の為に命を投げ出せるし、それが大切な人ならむしろ好都合」くらいの感じで、いざとなると普段は隠しているIQを大事な場面で発揮する金田一君くらいにスタンスでいる。

それは大きな勘違いだと言わざる得ない。

よく考えてみて欲しい。

「自分の命と大事な人の命」なんて極限の状態でなくても、普通の人は「自分の利益」を選ぶ。

例えば「大事な友達の命を助けると、これからずっと週三で雨が降るよ。確実に降るよ」と悪い奴に言われたら、私は間違いなく「分かった。じゃあ、あいつを殺してくれ」と頼む。

もしも私の良心が働いてギリ思い止まったとしても、悪い奴が「やっぱり週四で雨」と言ったら速攻で「殺ってくれ」と頼む。

週四で雨はツライ。

洗濯物を乾かないし、駅の構内をちょっと急いだだけでスッてんこするので怪我をする確率が格段に上がる。

もしくは「お前の大事な人の命を助けると、これからお前は週一で風邪引く」と悪いやつに言われたら、「じゃあ殺ってくれ」とすぐ答える自信はある。

「週一の風邪くらい我慢しろよ」と思うかもしれないけど、風邪の直すのに何日かかると思っている。

もし早めに三日間で直したとしても、一週間の約半分は風邪を引いていることになる。

それが永遠に続くのだ。

申し訳ないけど死んでもらうしかないと思う。

苦渋の決断である。

他には「大事な人を助けると、今後は週五で耳元でアイドルソングが聞こえ続ける。医者でも絶対直せない」と言われたら、もう私が直接手を下しても良い。

週五は辛い。

せめてジャズにしてくれ。

さっきから週で何回とか言ってるけど、「今後ずっとじわじわくる系」はかなりツライ。

逆に「大事な人を助けると、5億の借金」とかなら余裕でする。

そしてすぐに自己破産する。

「大事な人を助けると、街にチンピラが増える。年々増える」ならどうだろう。

増え方にもよるけど、このあたりが境界線だと思う。