色と言葉は仲良し

「真っ赤な嘘」

「黄色い声援」

「青二才」

色を使った言葉は意外と多い。

でも改めて考えてみるとおかしな言葉な気もする。

嘘が赤くて、声援が黄色くて、若くて青い。

「青」に関しては対象が目に見えるもの(果物や野菜など)もありそうなので、まだ理解はできる。

だけど「嘘」と「声援」に関してはなぜ色がついているのか不思議。

由来を想像してみよう。

 

例えば思春期の男の子に「君は好きな女の子はいるの?」と聞いたら、「いない」と答えると思う。

そして顔はもちろん真っ赤。

「真っ赤な嘘」の誕生だ。

 

ある若い男が山を登っていたとしよう。

想像以上に登山は疲れる。

そこに鳥のカナリア達が登場する。

すごく綺麗な声で鳴いている。

それを聞いた若い男の登山者はこう言う。

 

「黄色い声援だ」

 

声援ではないと思う。

鳥の鳴き声である。

すこぶる都合の良い解釈をしている。

人間は疲れると正常な判断がしづらくなる。

しかしこの状態を色を使った表現にしてみると、「青二才が、黄色い声援が聞こえたと、真っ赤な嘘ついた」になる。

非常にわかりづらい。

今の日本の政治くらいわかりづらい。

少しでも分かりやすくして頂く為に、政治家の方々には「グレー」な言葉を使わず、「白黒」はきっりする表現をして頂きたい。

もちろんなんでも色でごまかせば良いという訳はではない。

なのであえて色を排除した表現をすると、「透明」性のある政治を行って頂きたい。