ピサの斜塔が、少しまっすぐに

「ピサの斜塔」が少しまっすぐになったらしい。

ヤフーニューストピックに「ピサの斜塔、少しまっすぐに」というのが記事があったので速攻でクリックした。

「人気女優がノーバンで始球式」という見出しのニュースに匹敵する早さでクリックした。

この記事の見出しを最初に見た時にはまず、「それ、やっちゃっていいんだ」と思った。

「サクラダファミリア完成」くらいやっちゃいけないことだと思ってたし、今は無き「九龍城」がもしもまだ存在していた場合に「九龍城、リフォームをしてピカピカに」くらいやっちゃいけないと思ってた。

人間が自分の欠点を直すのは良いことだと思うけど、それを文化遺産的な物には適用してするのはどうだろうか。

今回のピサの斜塔は、4cm角度を直しただけらしいので問題はあまりないけど、もしこれが「ピシャの斜塔がピシャっと90°に」というニュースだったら、見出しをつけた奴のセンスと、修復を決断したイタリアの偉い奴の両方に失望する。

人間も文化遺産も、修復のやりすぎは良くない。

人間の場合、例えば「渡辺直美、ライザップで50Kg減」とか「麻生大臣、物腰が超やわらかに」なども同じで、「そのマイナス要素がむしろプラス」になってる場合が直さない方がいいと思う。

大臣の物腰がプラスに働いているかはかなり微妙だけど、少なくても「人の欠点」というの強い個性になる。

アンジャッシュの児嶋のトークがキレキレになってもダメだと思うし、長嶋茂雄が超論理的に野球を語り出してもダメだと思う。

コリン星から上手に脱出してたことによって、欠点(?)を直しながら次のステージに進んだ綺麗な女性もいるけど、普通の人にはなかなか難しい。

「出川哲朗、大きすぎる声を抑制」とか「ボビーオロゴン、流暢な日本を喋る」とかだと、なかなか難しいと思う。

一つ目のニュースは対しては「仕事来なくなるんじゃない?」と心配してしまうし、二つ目ニュースに至っては「知ってた。あと更に仕事来なくなるんじゃない?」と、どちらにしろ両者の今度の仕事が心配になってしまうので、「星出身」を訂正するよりもだいぶリスキーな気がする。

つまり、ピサの斜塔の傾斜と、ボビーオロゴンの日本語とは、全く同じものだと考えて良いと思う。