奢るのも奢られるのも嫌い

人から感謝をされて嬉しくない人はいないと思う。

できる事なら多くの人に感謝をされたいし、可能な限り人に対して感謝をしていこうとも思ってる。

では、自分が人に最も感謝を示す時はいつなのだろうか。

たぶん奢られた時だと思う。

これはほぼ社会的な決まりになっていて、例えば先輩にご飯を奢ってもらったら「ごちそうさまでした」などの感謝の言葉を伝えるの常識だと思う。

奢って貰った人が食後に「なんか感性に訴えかけてくる味でしたね」とか、「意外とお袋の味タイプの店だったんですね」みたいに、なんか妙にシコリの残る言葉を相手に伝えてはいけない事になってる。

私の知り合いは後輩にラーメンを奢ったら、「トッピングの卵を注文して、その卵を一口も食べずに残した」という難易度の高い嫌がらせを受けたらしいけど、基本的にはご飯は残さず食べてどんな味でも美味しかったことにしないといけない。

食後に感謝の言葉を伝えるだけなら全然良いのだけど、人によっては「食べている時のリアクション」を求めてくる人もいる。

「めっちゃうまいっすねー」とか「どうやってこの店見つけたんすかー」とかの言葉を欲しがる欲しがり屋さん達のことだ。

このような「欲しがりません勝つまでは」が全然身に沁みていない非国民に対しては、気にしないで食べるのが一番の攻略法なのだけど、言葉に飢えているこの二等兵は、まだ食べている最中の後輩に対して己の貧相な竹槍をちらつかせながら、こう聞いてくる。

 

「うまいか?」

 

「どうだ?気持ち良いだろ?」に並ぶ、YES以外の言葉を一切受け付けていない言葉。

セクハラに始まりパワハラやモラハラなども出てきて、最近ではアルハラ(アルコールハラスメント)などの言葉がある事を考えると、これはメシハラ又はオゴハラである言っても良いと思う。

このような事故を避ける為に、奢られないように気をつけるのが一番の対策。

でも注意しなくていけない。

「奢られる時」だけはなくて、「奢る時」でも事故は起こる。

例えば後輩を連れて定食屋に入ったとしよう。

普通のどこにでもある、行列も特に出来ないようなリーズナブルな定食屋。

その定食屋でお互い好きなもの頼み、ご飯がテーブルに運ばれてきて、2人共いつもどおり食べ始める。

ここまでは何も問題はないのだけど、食べている最中に後輩が急にこんな言葉を漏らしたりする時がある。

 

「うまいっすねー」

 

言わせてしまっている。

社交辞令の「うまい」「気持ち良い」「オーラがある」ほど言われてツラいものはない。

「おもしろい」はギリセーフ。

もちろん不味くはないしそれなりに美味しいのだけど、普通の定食屋で「うまいっすねー」は完全に言わせている。

何か私に落ち度があったのかもしれない。

気づかないうちに竹槍を脇に抱えた二等兵みたい顔を私もしていたのかもしれない。

そんな反省をしながら2人とも完食して、私がお会計を済ませて店を出る。

礼儀正しい後輩はもちろん「ごちそうさまでした」と丁寧に頭を下げる。

そして、続けてこう言うのだ。

 

「いやー。マジでうまかったすねー」

 

もう辞めてくれないだろうか。

苦しすぎる。