お世辞が言えない

お世辞が言えない。

ずっと前のことになるけど、お世辞が言えないがゆえに気まずい空気を作ってしまったことがある。

ある女性と2人で話していた時の事。

どんな会話をしていたか覚えてないけど、その女性が突然「私、自分の見た目にあんまり自信ないからさぁー」と言った。

私はそれに対してなんと返せば良いか分からなかった。

 

 

こんな言葉を言ってはいけない事だけは確かだった。

「そんな事ないよー」的な事を言うのが正解なのかもしれない。

でも経験値高めの人ならそういう言葉を簡単に言えるのだろうけど、私にはそんな経験も技術も無かった。

悩んだ結果、私は沈黙を貫くことになった。

相手も沈黙した。

 

 

 

その沈黙の時間はそんなに長くないはずだけど、やたらと長く感じた。

相手はこっちの言葉を待っている。

たぶん「そんな事ないよー」的な言葉を待ってるとは思う。

でも普段やらない事を急にやるというのは、かなりの緊張が強いられる。

江戸時代の侍が、初めて人を切らなくてはいけない場面に遭遇した時の心境に近いと思う。

 

「ちゃんと切れるのだろうか」

「一太刀でしっかり切らないと、相手は余計に傷ついて痛みが増してしまう」

 

こんな心配が頭をよぎる。

正直その戦いの場面はもうだいぶ前なので、ちゃんとした事は覚えていないのだけど、私は勇気を振り絞って抜刀したと思う。

私の未熟な剣術から放たれた言葉は、確かこんな感じだった。

 

 

 

 

やや上から目線で慰める形になった。

なにが「大丈夫」なのだろうか。

切られた時の女性の表情を、私は覚えていない。

でも喜んではいなかったと思う。

そして私は「初めて人を切った時の感触」を今も忘れられないでいる。

もう人は切らないと誓った。